梶井基次郎の小説を読むと
こう、長い時間布団に横たわった身体の
軋みが疼いてくるような気分になる。
病に伏すことで人を妙な境地にさせるのか、意外にもそれが純粋な思考であったりするのか、よく分からなくなってくる辺りが風邪をひいて横になっている心情とよく似ている。
そうか、自分だけでは無かったかと安堵する一方、やはり病的な思考に偏り過ぎていたと思い返し、また落ち込んでしまう。
落ち込んではまた新たに考えを巡らせる。
意識下に置かれた物に苦しめられているのではなくて、あまりにも今まで無頓着過ぎただけなのだ、これが自然なんだと考える今日この頃である。